数学が密かなブームということで、遠山啓著「現代数学入門」(ちくま学芸文庫)をもとに現代数学について解説しています。
これまで、主として群、環、体などの代数系に関して書いてきましたが、これからは、代数系と並ぶ大きな柱である位相について書いてゆきます。
その前提として一般的な距離の概念について整理します。
最近、交通機関が飛躍的に発達し、ITも発達して、地球が小さくなったとか、距離が縮まったとか言われることがあります。
これは、当然、実際の距離が縮まったのではありません。
速度が増したのです。
2点間を移動する時間が短くなったという意味です。
その事を比喩的に距離が縮まったといい表わしているだけなのです。
つまり、それは、「時間的距離」ともいうべきものなのです。
このように考えてみると距離という言葉にも多様な意味があり得ます。
日本の中の2点間の距離といっても、2点間の直線距離のことを刺す場合もあるし、また、鉄道線路に沿った距離の場合があります。
東京―大阪間の距離と言っても東海道線に沿って測った距離は、556.4㎞ですが、直線距離はもっと短くなります。
このようにさまざまな距離があり得るということから、それらの距離を一般論としてまとめてしまうのが望まれます。
そのために、代数系と同じく、「点」という要素からできている無構造の集合から出発します。
子の集合をRとします。
Rは有限または無限化の要素からできています。
その要素を「点」と名付けます。
ここで、「点」というのは、初等幾何で言う点を思い浮かべる必要はありません。
それは集合の要素であればいいので、明確に規定されていれば、何でもありなのです。
実際、その「点」は幾何の点でなくとも、解析学では関数が点となりますし、確率論では事象が点となります。
その為に、それは「あるもの」としか言いようがないのです。
このような集合の2つの「点」a、bの間に距離d(a,b)を導入するのですが、このd(a,b)は次の3つの条件を満たします。
(1)2点が一致したならば、距離は0です。
d(a,a)=0
異なる点の距離は常に正です。
すなわち、a≠bならば、
d(a,b)>0
(2)aからbまでの距離はbからaまでの距離に等しいです。
d(a,b)=d(b,a)
(3)3点a、b、cがあるとき、a、bの距離とb、cの距離の和は、a、cの距離より小さくなりません。
d(a,b)+d(b,c)≧d(a,c)
以上の3つの条件を満足するd(a,b)というRの上の2変数関数が存在する時、もd(a,b)をRの上での距離と言い、このようなd(a,b)の定義できる集合を距離空間と言います。
(1)の条件は、極めて妥当なものです。
(2)では、例えばaからbへ歩いて行ける時間とすれば、aがbより高いところにでもあれば、aからbへ行く下りの所要時間は、bからaまでの所要時間より短くなります。
そうすると、
d(b,a)>d(a,b)
となって対称的ではなくなります。
しかし、距離空間の距離はこのような距離を許しません。
(3)の条件は三角形の三辺の大小に関するものです。
これも距離にとって本質的なものです。
次に2次元の平面において様々な距離があることの例を挙げてみてみましょう。
普通の距離はピタゴラスの定理によって、
d(a,b)=√(x1-x'1)^2+(x2-x'2)^2
となります。
ただし、aの座標は(x1,x2)、bは(x'1,x'2)とします。
原点から長さ1の点は円になります。
しかし、その他にも距離が定義できます。
p≧1のとき
d(a,b)={(x1-x'1)^p+(x2-x'2)^p}^(1/p)
を距離としてもよいです。
P=2のときがピタゴラスの定理による普通の距離です。
この時、原点からの距離を1となる点c
d(0,c)=1
は次のようになります。
p=1のときはも円の内部に出来る菱形であり、それから次第に膨れて行って、p=2のときに円になり、pが2より大きくなりますと、次第に膨れて行ってp→∞に近づくに従って円の外部に出来る正方形となります。
このような距離も条件(1)、(2)、(3)を満たします。
{(x1-x'1)^p+(x2-x'2)^p}^pにおいて(x1-x'1)と(x2-x'2)とのうちで大きい方を仮に(x1-x'1)としますと
(x2-x'2)/(x1-x'1)≦1
でありますので、
{(x1-x'1)^p+(x2-x'2)^p}^(1/p)
=(x1-x'1){1+[(x2-x'2)/(x1-x'1)]^p}^(1/p)≦(x1^x'1)・2^(1/p)
pを限りなく大きくしますと、
→(x1-x'2)
つまり、
d(a,b)=sup[(x1^x'1),(x2-x'2)]
このような距離空間をはじめて研究したのがミンコフスキーであることにより、ミンコフスキーの空間と呼ぶことがあります(相対性理論における時空世界とは違います)。
このように同じ平面でも異なった距離を導入することが可能なのです。2次元ではなく、n次元の空間であったならば、
a=(x1,x2,……,xn)
b=(x'1,x'2……,x'n)
という2点間の距離として
d(a,b)={(x1-x'1)^p+(x2-x'2)^p+……+(xn-x'n)^p}^(1/p)
を取ることが可能です。
d(a,b)={(x1-x'1)^p+(x2-x'2)^p+……+(xn-x'n)^p}^(1/p)
は、前述の条件、(1)、(2)、(3)を満たします。
(1)と(2)は簡単に示せますが、(3)は少し面倒です。
次の証明してみます。
定理:p≧1のとき区間[0,1]で
f(x)=(x^p+b^p)^(1/p)+{(a-x)^p+c^p}^(1/p)
(a>0,b>0,c>0)
は、x=(ab)/(b+c)で極小値{a^p+(b+c)^p}^(1/p)をとります。
証明:方法は微分の極大極小を適用するだけです。
p>1aとしますと、
f'(x)={(x^p)/(x^p+b^p)-(a^x)}^((p-1)/p)-{(a-x)^p/((a^x)^p+c^p)}^((p-1)/p)
f'(x)はxが0からaに増加するにつれて単調に増加します。
f'(0)=-((a^p)/(a^p+c^p))^((p-1)/p),f'(a)=(a^p/(a^p+c^p))^((p-1)/p)
それ故に、0になるところは一カ所しかありません。
f'(x)=0と置きますと、
x^p/(x^p+c^p)=(a-x)^p/((a^x)^p+c^p)
c^px^p=b^p(a-x)^p
cx=b(a-x)
x=(ab)/(b+c)
この点におけるf(x)の値を計算しますと、
f((ab)/(b+c))={a^p+(a+c)^p}^1/p
この補助定理を適応してゆきます。
(x1^p+x2^p+……+xn-1^p)^(1/p)=b (x'1^p+x'2^p+……+x'n-1^p)^(1/p)=c xn=x,x'n=a^x
と置きますと、
{x1^p+x2^p+……+xn-1^p+xn^p}(1/p)+{x'1^p+x'2^p+……+x'n-1^p+x'n^p}(1/p)
≧[{(x1^p+……+xn-1^p)^(1/p)+(x'1^p+……+x'n-1^p)^(1/p)}^p+(xn^p+x'n^p)^p]^(1/p)
次々に適応してゆきます。
≧{(x1+x'1)^p+(x2+x'2)^p+……+(xn+x'n)^p}(1/p)
となります。ここで、
x1+x'1≧(x1-x'1)
故に
d(0,a+d(0,b)≧d(a,b)
この0は一般の点であっても構いません。
これはn次元のミンコフスキーの空間です。