数学が密かなブームということで、遠山啓著「現代数学入門」(ちくま学芸文庫)をもとに現代数学について解説しています。
それでは なぜ、17世紀に関数という考え方が登場して来たかといいますと、17世紀は「科学革命」の時代でした。
つまり、自然科学が驚異的な飛躍をした時代なのです。
その頂点にニュートンがいます。
先述したニュートン力学です。
自然の法則は、いづれも原因と結果の間の結びつきを関数で書き表したものです。
それは、これこれの原因があれば、これこれの結果が生じるという、因果法則です。
その一例としてガリレオの落体の法則があります。
物体を落としたとき、その落下の時間(t秒)から落下した距離(Scm)を求める法則です。
式で表しますと、
S=1/2gt^2
となります。
ここでgは、約980㎝/sec^2です。
落下の時間を原因、距離を結果と看做せば、この落体の法則は、原因から結果を導き出すものだということになります。
S=1/2g(t)^2
ここで、原因から具体的に結果を導き出しているものは、
S=1/2()^2
という関数です。
ところで、時間も距離も広い意味で量です。
この、
S=1/2()^2
という関数は量的に表された原因から量的に表された結果を導き出すブラック・ボックスと看做せます。
つまり、
結果=f(原因)
です。
自然科学における法則は、量の間における因果関係を表したものが多いです。
そして、それは数学的に見れば、関数という形で書き表せられます。
つまり、関数とは量的な因果法則を数式で書き表したものと看做せます。
以上のように、17世紀の科学革命において関数は大きな役割を果たしたのです。
これ以降、自然科学は、関数と切り離せないものに変わりました。
数学は、科学全体の有機的な部分を構成していて、もっと広義の意味で言えば、人類の認識活動の一部分で、世界を認識するのに数学は絶対に欠かすことができません。
物理学や天文学などの近しい学問と相互作用をしながら数学は、発展するものなのです。
その代表例が関数なのです。
関数は、17世紀の科学革命が要求したものとして登場してきたものなのです。
これは、西洋文明の裏側、つまり、日本の数学である和算も江戸時代に急速に発展してゆき、ヨーロッパの数学に見劣りしない成果を数多く生み出しています。
しかし、和算では、関数という考え方は生まれなかったと言われています。
それは、思うに、日本では、物理学や天文学が西洋のように発展しなかったために思えます。
日本では、当時、数学だけが、独立して発展したのです。
その結果、日本では、数学は、内部に閉じ籠った状態で発展しました。
その事が和算に関数という概念を齎すことはなかった要因に思えます。
この関数の研究に分析・総合の方法を徹底して行ったのが、微分積分なのです。
関数は、量的因果法則の表現手段として17世紀では出発しましたが、現在では、関数は、対応、写像、変換というより広義な意味を持つようになっています。
このように数学は19世紀後半まで主流として進んでゆきます。
ニュートン力学は、原因が正確に知り得れば、結果も正確に知り得ることができるという信念に貫かれています。