数学が密かなブームということで、遠山啓著「現代数学入門」(ちくま学芸文庫)をもとに現代数学について解説しています。
しかし、複素数から多元環への拡張が一気になされたわけではありません。
人間は、一気に大飛躍をできません。
また、一度に大飛躍を行ってもそれに意味があるのかどうかわからない筈です。
複素数から最初の拡張を行ったのは、ハミルトンの四元数です。
複素数とは実数であり、4次元で次のような乗法を持っています。
u1u2 = u1
u1u2 = u2u1 = u2
u1u3 = u3u1 = u3
u1u4 = u4u1 = u4
つまり、u1は単位元でeと書いてもいいです。
u2u2 = -u1
u3u3 = -u1
u4u4 = -u1
u2u3 = u4
u3u4 = u2
u4u2 = u3
u3u2 = -u4
u4u3 = -u2
u2u4 = -u3
u1、u2、u3、u4は、それぞれ1、i、j、kと書いていました。
1・1 = 1
1・i = i・1 = i
1・j = j・1 = j
1・k = k・1 = k
i^2 = --1
j^2 = -1
k^2 = -1
ji = -k
kj = -i
ik = -j
このような多元環の要素は、
a・1+b・i+c・j+d・k
というように書けます。
この要素を四元数と言います。
四元数の全体が四元数環――とくに、この場合は体になる――です。
四元数同士の加、減、乗が多元環の条件を満たします。
まず、初めに明らかな事は四元数体――これをQで表します――が複素数体と同形な体を含んでいることです。
Qの中でa・1+biという形の全ての要素の集合をCとします。
このCは明らかに複素数体と同型です。
四元数のもつ著しい性質の一つは、0でない要素が全て逆元を持つということです。
a・1+bj+cj+dkとa・1-bi-cj-dkと掛け合わせてみましょう。
(a+bi+cj+dk)(a-bi-cj-dk)
= a^2-abi-acj-adk
+abi+b^2-bck+bdj
+acj+bck+c^2-cdi
+adk-bdj+cdi+d^2
= a^2+b^2+c^2+d^2
a、b、c、dは全て実数ですので、a、b、c、dのなかの0でないものものが一つでもあれば、
a^2+b^2+c^2+d^2>0
となります。
a+bi+cj+dkが0でないなら、係数a、b、c、dの中には0でないものが少なくとも1つはあることになります。
それ故にa^2+b^2+c^2+d^2>0となり、
(a+bi+cj+dk)((a-bi-cj-dk)/(a^2+b^2+c^2+d^2)) = 1
となります。
つまり、
(a+bi+cj+dk)^(-1) = ((a-bi-cj-dk)/(a^2+b^2+c^2+d^2))
それ故に0でない四元数は常に逆元を持つ、ということが言えます。
それ故に四元数のつくる環は体をなします。
しかし、この体は可換ではありません。
それは、
ij = k,ji = -k
という2つの関係を並べただけでよくわかると思います。
つまり、四元数体は最初に発見された非可換体の実例であったのです。
ハミルトンの時代には、実数体や複素数体以外の体は考えられませんでした。
そのために四元数の発見は一大センセーションを巻き起こしたのです。
その結果、複素数のもつ威力と同じような威力を四元数も持つであろうという期待がもたれました。四元数の研究をする為に「四元数同盟」までできたほどです。
しかし、その後、四元数に過大な期待をかけることは間違いであったことが次第に分かってきました。
つまり、それは幻想だったのです。
一方で四元数以外の体を探すことも盛んに行われましたが、全て徒労に終わりました。
実数を係数に持つ多元環は、実数自身と複素数と四元数だけであることが証明されたのです。
実数は1次元。
複素数体の2次元、四元数は4次元ですが、3次元の体は存在しません。
私たちが住んでいる空間は3次元のベクトル空間ですが、このベクトル同士の間に何らかの乗法を定義して、それが体になってくれると、何か便利だと思わせるものがあります。
しかし、そうなっていません。
2次元の平面ですと、それが複素数体となるためにそのことを利用するとひどく取扱いが易しくなることはよく知られていることです。
しかし、三次元ですと、それができません。
それ故に3次元の関数論は作られないのです。