数学が密かなブームということで、遠山啓著「現代数学入門」(ちくま学芸文庫)をもとに現代数学について解説しています。
これまで書き綴ってきたように環と言っただけでは、余りに種類が多過ぎて、簡単には把握する事が難しいです。
そこで、精密な研究を行うには、環にいろいろの条件をを付け、もっと多くの手がかりを与えて、その上で研究を進めてゆくしか方法はありません。
そのような特殊化された環の中に多元環というものがあります。
多元環というのは、algebraの訳ですが、このalgebraは、「代数学」という学問の名前ばかりでなく、ある特殊な環の一群の総称なのです。
多元環というものは数学に忽然と姿を現したわけではありません。
一歩一歩意味の拡張を行って、最後に行き着いた概念なのです。
多元環のそもそもの起こりは複素数なのです。
そのため、環という観点から複素数を眺めてみます。
「複素」というのは、素がたくさんあると言う意味と思えますが、素というのは、1とiです。
それ故に素が2つあることから「2素数」と言った方がより正確かもしれません。
1とiの実数のa、bを書けて加えたもの
a・1 + b・i
が複素数です。
これを一般化するために1とiをu1、u2、a、bをa1、a2という文字に置き換えますと、次のようになります。
a1u1 + a2u2
ここで加法は次のようになります。
2つの複素数a1u1 + a2u2と、a'1u1 + a'2u2を加えますと、
(a1u1 + a2u2) + (a'1u1 + a'2u2)
=(a1 + a'1)u1 + (a2 + a'2)u2
となります。
つまり、係数がそのまま加えられるのです。
これは2次元のベクトルと同じです。
u1、u2を横、縦の座標にとりますと、a1u1 + a2u2は平面上の点にうつされます。
これがガウス平面です。
もう一つ実数をかける計算は分配法則が成立するものとすれば、
b(a1u1 + a2u2) = b(a1u1) + b(a2u2)
さらに結合法則が成立するとすれば、
= (ba1)u1 + (ba2)u2
これは 図形的に考えますとベクトルを同じ方向にb倍に伸縮することになります。
これがスカラー乗数にあたります。
しかし、複素数にはもう一つの演算、つまり、乗法があります。
2つの複素数a1u1 + a2u2とa'1u1 + a'2u2をかけた時、
(a1u1 + a2u2)・(a'1u1 + a'2u2)
左と右からの分配法則を仮定しますと、
= a1u1(a'1u1 + a'2u2) + a2u2(a'1u1 + a'2u2)
さらに加法の結合法則を仮定しますと、
= (a1u1)・(a'1u1) + (a1u1)・(a1u1)・(a'2u2) + (a2u2)・(a'1u1) + (a2u2)・(a'2u2)
上記の一つ一つの項で実数とu1、u2の交換法則を仮定しますと、
(a1u1)・(a'1u1) = (a1a'1)(u1u2)
これを各々の項に適応しますと、積は次のようになります。
(実数)・u1u1 + (実数)・u1u2 + (実数)・u2u1 + (実数)・u2u2
これが再び複素数になるためには、u1u1、u1u2、u2u1、u2u2が
(実数)・u1 + (実数)・u2
の形にならなければなりません。
u1u1 = a111u1+a211u2
u1u2 = a112u1+a212u2
u2u1 = a121u1+a221u2
u2u2 = a122u1+a222u2
ここで、a111、a211という記号は、1乗、2乗という意味ではありません。
u1、u2の係数という意味です。
u1u1 = 1・1 = 1 = u1 = 1・u1+0・u2
u1u2 = 1・i = i = u2 = 0・u1+1・u2
u2u1 = i・1 = i = u2 = 0・u1+1・u2
u2u2 = i・i = -1 = -u1 = -1・u1+0・u2
それ故に、
a111 = 1
a112 = 0
a121 = 0
a122 = -1
a211 = 0
a212 = 1
a221 = 1
a222 = 0
となります。
ここで、2を一般化してnとしますと、一般的な多元環ができます。
a1u1+a2u2+……+anun
という形の一次結合で、係数a1、a2、……anは実数に限らず一般的な体であるとします。
体というのは、加減乗除に対して閉じている要素の集まりです。
そして当分の間、乗法が可換であるとします。
一般的に多元環を定義しますと下記のようになります。
(1) 加法的に書かれている群、つまり、加群Gがあります。その要素をu、v、……と表します。
(2) 体K = {a,b,c,……}があります。
(3) KとGの間には次の関係が成り立っています。
a(u+v) = au+av
(a+b)u = au+bu
1u = u
(ab)u = a(bu)
(4) 有限次元性
Gの任意の要素は、一定のn個の要素u1、u2、……、unの一次結合で表されます。
a1u1+……+anun
以上の条件があるとき、Gは体Kを係数体とする有限次元ベクトル群であります。
(5) Kの要素aをGの要素uに左からかけますと
u→au
という変換がGの中で生じます。
この変換は、
a(u+v) = au+av
であるので、和を和に変えるから、Gの準同型であり、うつしたものがG自身の内部に止まっているから、内部準同型といいます。
(6) このGの加法のほかにはさらに乗法が定義されています。
Gの任意の2つの要素u、vに対してその積uvが定義され、それには分配法則が成り立っています。
u(v+w) = uv+uw
(u+v)w = uw+vw
(7) KとGの要素はuにかけた時可換です。
(au) = u(av)
以上のことを別の視点で見てみましょう。
それは、GがG自身の内部準同型になっているということです。
そして、KとGという2つの内部準同型の環が要素ごとに可換になっているということになっています。
G自身をGの内部準同型と見ることは、おそらくネーターの創見と思われます。
内部準同型というのはある「もの」を動かしたり、うつしたり「働き」の概念です。
つまり、Kの要素はGの中を引っ掻き回す役割を持っています。
そういう意味でKは「働き」の集まりであり、Gはその「働き」を受ける「もの」の集まりです。
ところが、G自身もやはり「働き」と考える事も可能です。
以上のように「もの」と「働き」を絶対的に分離したものではなく、相互に融通できるものと考えたとこめにネーターのユニークな見方と言えます。
(8) これまでのところでは乗法の結合法則は仮定されていませんが、多くの場合、この結合法則を仮定していることが多いので、黙っていたならば乗法の結合法則が成立しているものと約束します。
(9) 乗法の単位元eが存在するものと考えます。つまり、任意のuに対して、eu = ue = uとなるeです。
このeがあると、aeという形の数の全体はGの中に含まれますが、これは、
a⇔ae
という対応によってKと同型になります。
今度はKがGの外部に離れて存在するのではなく、K――正確にはKと同型な体――がGに含まれるということになります。
今度は逆に「働き」が「もの」に転化したことになります。
しかし、一般的にはeの存在ははじめから仮定していない場合もあります。
以上が多元環の一般概念です。
簡単に言いますと、複素数の2次元をn次元に、係数の実数体を一般的な体に拡張したものと考えて構いません。